日向理恵子先生のブログエッセイ連載〈狩りの日記 〉①

 
 2019年の刊行開始以来、さまざまなところで反響を呼び、
 子どもも大人も夢中になる独特の世界観で、
 本格ファンタジーの呼び声も高い「火狩りの王」シリーズ。

 今回、作者である日向理恵子先生より、
 Blogエッセイ連載〈狩りの日記 〉を、いただけることになりました!

 第1回目は、犬について。
 この物語を通じて、犬たちがいかに重要な役割を果たしてきたのか。
 灯子に寄り添いつづける狩り犬、かなたをはじめ、てまり、みぞれ……。
 彼らの存在を抜きにして「火狩りの王」は語れません。

 彼らの生みの親である日向先生自身は、
 犬たちと、どんな物語を紡いできたのでしょうか?


狩りの日記 〉① 
「火狩りの王」と犬のこと   日向 理恵子

物語を作る人になりたくて、ノートにこまごまと小説を書いていた子どものころ。
「いつかちゃんと書こう」と思って、寝かせてそのままの物語がいくつかありました。
いまよりももっとたくさん知識がついたら、上手に書く力がついたら――
そうしたら、ちゃんと書こう。

形になる前の物語の断片を、絵に描き起こしつづけてはお蔵入りさせてきました。

火狩りの王」は、そんなスケッチの一冊が原型になっています。
もうそのスケッチは手もとにありませんが、
主人公の少女が、千年に一度巡ってくる彗星を
追いかけるという物語でした。

その後、長いこと寝かせたきりになっていた物語は、あるとき突然かたちを変え、
主人公の女の子のかたわらに、犬が現れました。

灯子を守り、主人公たちをつなぐ狩り犬かなたには、モデルがいます。



いま十三歳になるチワワの前にいた雑種犬、名前はザイオンといいました。
小さいころから、かわるがわる常に家に犬がいましたが、ザイオンはその犬たちの中で唯一、
拾ってきた子でした。

年齢不詳の女の子。野良生活が長かったのか、見つけたときは草の実だらけでした。
灰色の被毛は、密集した下毛と硬い表層の二層構造。
オオカミみたいな鋭い顔つきをして、牙も立派でした。だけど脚は細くて短く、狸じみた体型でした。
一度脱走し、「トラックにはねられた」と連絡を受け、保護された先へ慌てて駆けつけると、
けが一つしておらず拍子抜け……でもその後、大きな車が通るたびにビクッと怯えていました。
暑いときには用水路へダイブ。草むらの蛙やネズミを捕獲しようとする。
ザイオンには、彼女だけのサバイバル術があって、
もともと飼っていた洋犬たちやわたしたちをびっくりさせました。

一緒に暮らすうち、鋭かった目つきがどんどんまるくなっていったザイオンですが、
脳に病気を持っており、月に一度ほど、全身が跳ねるほどのけいれん発作を起こしました。
発作のあとには三日三晩、大声で鳴きつづけました。
あるときひときわ大きな発作を起こし、立てなくなりました。
犬用おしめを履かせ、四六時中一緒にいました。このまま看取るのだろうと思っていたのです。
ところが、ある日ふらふらと、自力で立ちあがったのでした。
部屋の中を脚をぐらぐらさせながら歩き、やがて外へ出られるようになったときには、本当にうれしそうでした。
以前とほぼ変わらない生活ができるようになり、元気になったと思って留守にしていたあいだに、
ザイオンは死んでしまいました。
だいじな犬の最期を看取ることが叶いませんでした。

ザイオンの首輪とリードを、いまも持っています。ときどき握ると安心します。
どちらへ行けばいいのか、犬が教えてくれるような気がして。

「火狩りの王」は、いままで会ってきた犬たち、一緒に暮らしたり、わずかな時間を共有したり、
助けてあげられなかったりした犬たちへの、わたしからの恩返しのつもりの物語でもあるのです。


*〈狩りの日記〉は、月2回ほどのペースで更新予定です。次回もお楽しみに。


日向 理恵子(ひなた りえこ)
児童文学作家。主な作品に「雨ふる本屋」シリーズ、『魔法の庭へ』(いずれも童心社)、
『日曜日の王国』(PHP研究所)など。日本児童文学者協会員。



『火狩りの王 〈四〉星ノ火』 2020年9月上旬発売決定!

  待ち受けるのは、滅びか再生か。物語はいよいよクライマックスへ突入……!
                             
                                                  
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